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■エッセイ(この頃思うこと・・・)


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* 2007年9月25日(火) 軽井沢
* 2007年8月27日(月) なんと、かわいそうな。
* 2007年8月24日(金) 優勝その後
* 2007年8月22日(水) 優勝
* 2007年8月8日(水) 男の子

軽井沢












 佐賀県は少し涼しくなったものの、先週は猛暑日、夏日などという言葉が天気予報のニュースではまだ飛びかっている。
今年の夏は扱ったせいか、いろいろな予定も入らずのんびりと夏休みをしてしまった。

 その上、まだ夏のように暑いので、気分は夏。そのせいで、書きたいことはたくさんあるにもかかわらず、エッセイは夏休みになってしまった。

 先々週末、日本女性薬剤師会の全国移動セミナーの用事で軽井沢に行ってきた。東京まで飛行機で2時間弱。新幹線に乗って1時間。
軽井沢駅とはと勇んで降りたが、佐賀県の在来線の駅と同じ雰囲気。いずこにもある二階建ての不便極まりない駅舎だった。

 軽井沢という気分のせいか、少し涼しく感じたがやはり日焼け防止の帽子と手袋は手放せないし、しっかり日焼け止めクリームも塗り直す。

 昔の駅舎の看板か、赤松?の「軽井沢駅」の額が壁にあった。
連休と連休の間とはいえ、観光客がぞろぞろと歩いている。
駅前にはプリンスホテルのショッピングモールがあり、若い人が多い。

 長野県女性薬剤師の方々の案内で浅間山に。九重と同じ風景だな。などと思いながら浅間山を見学。浅間山へ行く道沿いのガードレールは木製。地元の木材を使っているとか。

 山の樹木は九州で見るのとは違い、針葉樹や白樺が見える。木々の間からは別荘地も見える。これが噂の別荘か。

 その後は「白糸の滝」に案内された。前日通りすぎた台風の影響もあるのか
豊富なきれいな水が流れている。
空気が違う。森林浴など本当かなとこれまで思っていたが、確かに空気が違う。白糸の滝は滝の高さは低いが、水芸の最後の口上「白糸の滝でござーい」そのままに、幾筋もの滝が流れていた。釣りふね草、もしかしたらいかりそうの花やあざみ花が咲き、とても気持ちが良かった。これは九州には無い。

 最後は旧軽井沢通りの散策。種類の多いジャム屋さんが多く、買って帰りたいと思うものもあったが、瓶詰めなので断念。

 夜の懇親会の葡萄もおいしかった。
軽井沢は観光で行く所ではなく、やはり住む所、滞在する所だと思った一日だった。続く。
 
2007年9月25日(火)

なんと、かわいそうな。











 名古屋の女性殺害事件。聞くだになんと可愛そうな。ご両親はどんなに悲しんで、怒っているだろうとこちらも腹が立ってくる。
 自動車に連れ込んですぐ、ビニール袋をかぶせ、粘着テープで顔をぐるぐるまきにして、ハンマーで殴って殺す。
どんなに恐ろしく、苦しく、恐怖の中でこの女性は亡くなっていったのだろう。ニュースを聞きながら本当に親御さんはこれからの人生どう折り合いをつけて生きていくのだろうと思った。

 公園で遊んだ後、車の中においてけぼりにさせられ、おまけに見つけた後、119を呼ぶまでに30分あった。その間まだ意識がったという。
この保育園を選んだ自分達を悔いているご両親。

 ストーカー行為の挙句、勝手に妄想を膨らませて女性を殺した警察官。
博多の飲酒運転事故で、殺されたあの可愛い三人の子供たち。

と、本当に残された人たちはどう、心の、社会との、犯人に対して折り合いをつけていくのだろうか。
突然起きたこと。考えることも無かったこと。自分が悪いわけではないのに、突然巻き込まれ、怒りの矛先をどこに持って言ったらいいのかなど本当にかわいそうに思う。

 息子が大学生になって東京へ出て行ったときは、ちょうどオームのサリン事件が起きていた時。ここまで大きく育った息子を、一年間浪人をして自分の希望の大学に入った息子が、無差別のサリン事件で殺されたら、私はその犯人を殺しにいくと思っていた。

 一人の人の人生が他人の手で突然ストップをかけられたそのことだけでも許しがたいが、その周りの人たちも巻き込まれていく。
人の人生をストップをかける権利は誰も持たない。 

夏休みも後1週間。夏のホテルから見た学校の校庭には誰もいなかった。
もう少しするとこのグラウンドにも子どもたちの声でにぎやかになるのだろう。  
 
2007年8月27日(月)

優勝その後












 今日も佐賀は北校の優勝で持ちきりだった。
さあ、今日は患者さんも多いだろう、おまけに午後からは休みだから午前中はさぞやと覚悟していたら、肩透かし。10時半になっても、ぱらぱら。
 
 「応援疲れで今日はゆっくりしてるのかねえ」と言うと近くの大型スーパーにある保育所にこどもあを預けている薬剤師が「おそらく安売りがあっているので、みなそれに行ってるのだと思いますよ。先着100人には紅白饅頭を配ばと張り紙もしていましたから」

そうか、そうかもしれない。デパートも小型のスーパーでも、商店街も優勝セールを行っているようだ。
先日も佐賀市の中心商店街の再開店にも、我が義父母も行ってきたというし、90歳の男性患者さんもバイクで行くといっていた。元気な患者さんたちである。ということで、午前中はいろいろ仕事がさばけた。
時にはこのような日も必要で、120人からの患者さんと対応して一日くれることが多い。

 午後からは、行かざるをえない宝石店へ目の保養に行ったが、ここでも今日は北校優勝ということで、端数はおまけしときますよと甘いささやき。
しかし、買わないとの決心はゆらぐことなく、退散。

 ジムに行くと更衣室でも北校の話しで持ちきり。甲子園に行けばよかったという女性もいた。そうそう、ジムへは北校の前を通って来たが、普通は混まない道路が渋滞中。なんのことはない、北校を人目見ようという人、もしくは選手がもう帰ってきてセレモニーがあっているのではという車で渋滞していたらしい。

 学校には有償おめでとう野懸垂膜と校門付近には優勝おめでとうのステッカーが何枚も貼られていた。
近くのお店でもおめでとう野張り紙が。おそらく毎日狭いグラウンドで練習していたあの子達がの思いだろう。

 いつも買う洋服屋さんは北校の近く。そういえば、洋服を買いに行った時練習していたあの子達が優勝したのかとふと思った。

まだここ数日はこの話で盛り上がることと思う。
私もミーハー、車が渋滞していたのでカメラを取り出し、写真を撮ってきた。
2007年8月24日(金)

優勝













 佐賀北高等学校が、甲子園で優勝した。初試合からその時間帯は患者さんが来ないという日が続いていたが、今日は1時からは全くどなたも来ない。
勤める薬局にはテレビが無い。それほど長く待たせないので有線でラジオをかけている。

 しかし、ラジオはアナウンサーが興奮して大きな声を出すだけなので、じっくり聞いていないと、今どちらのチームがチャンスなのか、ホームランなのかファウルなのかわからない。

 チームごとに違うアナウンサーが実況中継するといいのにね、などといいながら仕事をしていた。
しかし、今日は本当に誰も来ない。薬局の前の道路はいつも交通量は多いのに
全くといっていいほど車が通らない。

 7回の4点目が入った時点で、「負けたね」と同僚達とがっくり。
8回、例によってアナウンサーが騒いでいる。どうも満塁ホームランを打ったらしい。どっちが打ったの?テレビがある休憩室に走る。「北校よ!!」

 9回は、一人を残して全員テレビの前に。「患者さんが来たら知らせてね」
最後のバッターが三振。優勝!!

 夜もテレビを見る機会が無かったの初めてリリーフ投手の久保君の顔を真正面から見た。デイケアのおばあちゃん達が「はなわ」にそっくりと、第一試合から盛り上がっていたが、本当にそっくり。
地元では彼のことを「がばい王子」と呼んでいるらしい。
がばいばあちゃんでおなじみになった佐賀弁。名刺ではなく形容詞。

 「久保君て、がばい、すごかね」「久保君、がばい、はなわに似とうね」と佐賀弁ではこうなる。

 明日の薬局は患者さんごと甲子園話で盛り上がることだろう。
そういえば、孫が北校で選手で甲子園にいってるというおばあちゃんがいた。
初試合はバスの中で寝て、あの炎天下で試合を見て、帰ってきたという。
「元気ね。第二試合もいくと?」「行く」
今度薬局に来たらさぞや盛り上がることだろう。
東京の娘から早速メール。「信じられん。あの北校が」

 夜は東京や高知のメル友のお祝いメールを見た。

甲子園も終わり、夕立が降るたびに涼しくなっている。
空の雲の姿も少しづつ変化してきた。
2007年8月22日(水)

男の子













 7月末より県庁職員の採用試験官を務めた。一日8名、久し振りに座り続けて腰痛が再発した。机に座り続ける仕事をする人の宿命か。
 調剤室とお薬を渡すカウンターを一日往復するのでも結構な運動になっているようだ。

 20代の男女を面接することで、今の若者の考えが私達とずいぶん違うことを感じた。言葉遣い。「○○の方」と「方」をつける必要がない時もこれをつける。一昔前の「○○的」と同じで、曖昧さをだすためか。

 面接が終わって出て行くときに「失礼します」と「失礼しました」の二通り。
我々の年代「的」にいうと、「失礼します」だが。これはきっと、面接時間内の自分の態度について謙遜して言っているのであろうか。

 先日大学教授の方から夕方大学から帰るとき学生から「お疲れさまでした」といわれる。どっと疲れが出ると嘆いていた。

 自己PRでは全員「私は調整役です。リーダーというより調整役です」という。判で押したように言う。リーダーの素質十分の人でもこういう。

 もしかしたら今のリーダーは、気配りをして、相談を受けて、みんなの気持ちを大事にして、自分の意思は示さない人を言うのかと思ってしまうほどである。

 思い余って「あなた達にとってガキ大将という言葉は、不良と同義語なの」と聞くとそうだという。以前息子が「男らしい」といわれると馬鹿にされたような気がするといっていたが、同じことか。

 自分を出す時はいつなのか。そんなに自分を殺してきつくないかと聞くと、ストレスは溜めないようにしているとか、その解消法はみな、身につけている。

 そしてまじめだし、忙しい。授業に出て、アルバイトをして、公務員専門学校に行って、自動車免許を取って、資格を取ってと、40年前の私の学生生活とは格段に違う。公務員になるための準備万端である。

 「おもしろくない」特に男性達の面白くなさは。
朝日新聞で今週から「男の子」の特集を始めた。一頃は女が強くなったから男が・・・といわれていたが、そんなことではない。ようやくそんなことではないと社会が気付き始めたのかもしれない。

 横綱もうつになるこのニッポン。モンゴルに帰って静養した方が良いと思うなあ。地平線が見える、スーホの馬が駆ける草原。
アジア女性フォーラムに集った女性達の中で一番のんびりして、いつも遅刻をしていたのがモンゴルの女性たち。

 時間の流れ方が違うのだろう。たくましかったのはインドネシアとフィリピンの女性。
めん世うとした女性達も、とても面白かったし、心意気満点であった。男性面接官も、当確は女性ばかりだと嘆いていた。

 メス猫桃ちゃん、毎日外に出てはせみを捕まえてくる。元気。
2007年8月8日(水)

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